生前の対策

1 相続税を試算してみて、生前の対策を考えてみましょう。

「相続がおきると相続税で大変なことになりますよ。」という話をよく聞きます。
また相続税に対する節税策と称していろいろな提案がされますが、なかにはその提案に乗って過去に大変な被害を被った人たちもいらっしゃいました。
しかし平成27年の相続税改正において、基礎控除額(※)がそれ以前の6割に縮減されたため、相続税の申告件数はほぼ2倍に上っていることも事実です。
東京に自宅をもっていればすぐ相続税がかかってくる時代なのです。
そのようななかでご自身の相続税問題を冷静に考えるためには、ご自身の財産を評価して、相続税の試算をしてみることが一番良い方法だと考えます。
概算であれば相続税の試算はそれほど難しいことではありません。そのうえでいろいろな生前の対策を考えていくことが必要だと考えます。

(※)旧基礎控除額 5,000万円+1,000万円×法定相続人数
   新基礎控除額 3,000万円+600万円×法定相続人数

1-1-1 財産評価をしてみましょう。

あなたの財産を評価することは、簡単な方法であれば難しくはありません。
預貯金はその残高がわかればいいですし、土地と建物は固定資産税評価額をもとに計算します。土地の時価の7割程度が固定資産評価額といわれていますので、土地の固定資産税評価額を0.7で割り戻して時価を計算します。
また建物は固定資産税評価額がそのまま時価となります。
有価証券の評価は、証券会社のレポートなどで現在の評価額を出しています。
生命保険は保険約款を見れば保険金額が分かりますし、そこから500万円×法定相続人数(※)の金額を差し引きます。
また借入金、住宅ローンなどは債務として上記の財産から差し引きます。
そして差引計算後の純財産を計算するのです。

(※)法定相続人の数には相続を放棄した人を含めます。

1-1-2 相続税を試算してみましょう。

相続税の純財産が計算できたら、そこから基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数(※))を差し引いて課税対象となる遺産総額を計算します。
この課税対象となる遺産総額を相続税額の早見表にあてはめれば相続税の額が計算されます。
相続税額の早見表は配偶者がいる場合といない場合に分けられていて、そのどちらかを選択したうえで、横軸に子供の数、縦軸に遺産総額をあてはめれば、あなたの遺産かかる相続税額が算出されます。
こうすることであなたの相続税の概要が見えてきます。

(※)法定相続人の数には相続を放棄した人を含めます。


1-2 生前贈与は有効な対策です。

ある程度の財産をお持ちで、相続税が課税されるようなケースでは、生前に贈与をされてご自身の財産を減らしておくことは有効な対策です。
生前ですからご自身の意思で相手や使用目的を選んで贈与をすることができますし、節税ができるいろいろな贈与方法がありますので、ぜひ検討をしてみてください。

1-2-1 暦年贈与はやっていますか。

毎年110万円以下の贈与には贈与税がかからないことはご存知だと思います。
これは贈与税の基礎控除が110万円であるためです。
もし奥様、子供さん2人とそれぞれの配偶者2人、そしてお孫さん4人に110万円ずつの贈与をしますと、1年間で990万円の贈与が無税でできることになります。
上記のお一人110万円の贈与額を111万円にすれば、贈与税の申告とお一人1,000円の贈与税の納税が必要になりますが、贈与があったことがより確実になります。
このような贈与を毎年実行していけば、年数が重なりますと多額の財産が無税に近いかたちで移転していくことができます。
この場合、お孫さんが未成年者であれば、その親権者である親が贈与税の申告をすることになります。

1-2-2 扶養義務者から受ける生活費等は課税されません。

扶養義務者(※)相互間での生活費や教育資金の贈与で、通常必要と認められるものについて贈与税は課税されません。
これは、日常生活に通常必要な費用を、扶養義務に基づいて贈与されたものについてまで課税をすることは、課税上適切ではないからです。
通常必要と認められるもの、という範囲はどこまでなのか問題が残りますが、扶養義務者から受け取ったお金を預金したり、車を買ったり、株を買ったり、不動産を購入したような場合は、この範囲から外れますので贈与税が課税されます。

(※)扶養義務者とは次の者をいいます。
①配偶者
②直系血族及び兄弟姉妹
③家庭裁判所の審判を受けて扶養義務者となった三親等内の親族
④三親等内の親族で生計を一にする者

1-2-3 贈与税の非課税措置を利用しましょう。

贈与税にもいろいろな非課税措置があります。もし使えるものがありましたら、積極的に使ってみましょう。
①親や祖父母から教育資金の一括贈与を受けた場合には1,500万円までが非課税となります。
②親や祖父母から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合には1,000万円までが非課税となります。
③親や祖父母から住宅取得等資金の贈与を受けた場合には、住宅の省エネ構造、新築契約の時期に応じて一定の非課税額が適用されます。
ただしこれらの非課税措置には、適用期間、詳細な適用要件および適用手続がありますので、ぜひ専門家に相談してください。

1-2-4 贈与税の配偶者控除はご存知ですか。

婚姻期間が20年以上である配偶者(夫または妻)から、居住用の不動産または居住用の不動産を購入するための資金の贈与を受けた場合には、2,000万円(居住用不動産の場合はその評価額になります。)までは贈与税が課税されません。
この婚姻期間には内縁であった期間は含まれません。
またこの適用は婚姻期間中一度しか使えませんし、適用要件として実際に居住することが必要です。
居住用不動産には土地と建物がありますが、もらうのであれば建物よりも価値の減らない土地がいいということになります。

1-2-5 相続時精算課税を検討しましょう。

60歳以上の父母または祖父母から20歳以上(令和4年4月1日以後は18歳)の子または孫が贈与を受けた場合には、選択によって相続時精算課の適用を受けることができます。
相続時精算課税とは、贈与を受けたときにその贈与財産に対する贈与税を支払いますがその贈与者が死亡した時には、その贈与財産を相続財産持ち戻して相続税額を計算し、そこからすでに支払った贈与税を差し引く課税方式です。
贈与を受けたときには2,500万円までが非課税で、それを超えた部分に一律20%の贈与税が課税されます。
注意する点は、一旦この相続時精算課税を選択するとそれ以降は暦年課税の贈与を使うことはできないことです。
多額の財産をお持ちの方が相続時精算課税で贈与する場合には、相続税のもち戻し計算があるためにあまり節税のメリットはありません。
しかし多額の財産をお持ちにならず、ある不動産(例えば2,500万円以下)を特定の子供に残したいといったような場合に、もち戻し計算をしても相続税はかからないケースではメリットがあるといえます。
個々のケースについては、ぜひ専門家に相談してみてください。

1-2-6 低い税率の範囲での贈与を検討します。

相続税の税率は、相続財産の課税価格の多寡に応じて10%から55%の税率で課税されます。
非常に多額の財産を所有している方であれば相続税の税率はどんどん高くなりますので、高い相続税率で課税を受ける財産の部分については、むしろそれより低い贈与税の税率の範囲内で生前に贈与した方が有利ということになります。
実際にはいろいろ複雑な相続税の計算をして贈与税との比較をする必要がありますが、基本的には上記のような考え方になります。
贈与は無税の範囲で行うものと考えがちですが、贈与税の課税を受けても相続税の課税よりは有利になるケースについて検討してみる必要があります。
個々のケースについては、ぜひ専門家に相談してみてください。

1-2-7 実体のない贈与は要注意です。

子供や孫の名義の預金口座に毎年贈与のお金を振り込んでいたとしても、これらの口座を贈与者が管理している場合や、子や孫が自分名義の口座のあることを知らなければ贈与があったことにはなりません。
また子供や孫が自分名義の口座があることを知っていても、贈与者が通帳や印鑑を管理しているため、預金を自由に引き出せない場合も贈与があったことにはなりません。
それは贈与が契約の一種であり、もらう側の承諾が無ければ契約が成立しないからです。
相続税の税務調査に際して、贈与したはずの子供や孫の名義の預金が被相続人(※)の財産もれとして修正を受けるのは、このような預金については実質的に亡くなった方が管理しており、贈与自体が実態のないものと判断されるからです。
このような事態を避けるためには、時々は、その子供や孫のために必要なものをそれぞれの名義の預金からお金を引き出して、買っておくのがよいと考えます。
また子や孫が20歳(令和4年4月1日以後は18歳)を迎えて成人になったら、預金通帳も印鑑も子や孫であるご本人に渡すことです。

(※)相続財産を遺して亡くなった方のことを「被相続人」(ひそうぞくにん)といいます。他方,相続財産を受け継ぐ側の人は「相続人」(そうぞくにん)と呼ばれます


1-3 相続税の節税対策を考えましょう。

相続の節税対策も検討する場合に、相続税の課税をする国の基本的な考え方をすこし理解しておくとよいと考えます。
まず相続税を課税する場合の財産の評価基準は時価であるとしています。
現金や預貯金の場合はその金額そのものが時価となります。
しかし土地や建物といった不動産の時価はその算定が困難なため、国がその評価について地域や場所に応じて、基本的に一定の評価方法を定めて評価することとしています。
この評価方法を財産評価基本通達(※)といいますが、納税者から不満が出ないように課税上の安全性を見込んで、実際の時価よりは低めに評価されています。
また被相続人の家族が通常の生活やその事業が継続できるように、居宅や事業に使用されている小規模な宅地については、その評価を大幅に減額しています。
さらに昨今の後継者不足のために廃業が増えている中小零細事業者の支援対策のため、贈与税および相続税の事業承継税制が大幅に拡充されています。
このような国の方針を理解しながら、その軽減措置を最大限に利用できるように、相続税の節税対策を考えることが大切です。

(※)財産評価基本通達とは不動産や株式など、相続財産の評価基準について示したものです。

1-3-1 土地の評価は時価より低いです。

土地の評価は時価でおこなうことが原則ですが、この時価を算定することは困難なため、地域や場所に応じて国が定めた財産評価基本通達(※)に従って、土地を評価しているのが現実です。
しかしこの通達による評価は、納税者から不満が出ないように課税上の安全性を見込んでおり、実際の時価の8割程度に低めに評価されているといわれます。
その通りだとすれば財産を預貯金で持っている場合より、土地で持っている場合は2割ほど評価が低くなり、その分相続税も低くなるということになります。
一般的にお金で持っているよりは不動産で持っているほうが相続税上は有利だ、と言われるのはこのような理由によります。
よく相続対策として、銀行からお金を借りて土地を買い、債務控除をするとともに、その土地を貸し出して貸地にしてその評価を下げるという節税方法を取る場合があります。
しかしこのような場合には、借入金の返済が安全にできるか否か、また貸地には借地権という借地人の権利が発生し、もしもの時には簡単に処分はできない等、慎重に検討すべき事項が多くあることを忘れないようにしてください。

(※)財産評価基本通達とは不動産の評価基準や株式の評価基準など、相続財産の評価基準について示したものです。

1-3-2 生命保険契約への加入を考えます。

被相続人の死亡によって相続人の方が生命保険金を受け取った場合に、その生命保険料を被相続人が支払っていたケースでは、相続人の方はその生命保険金を相続によって取得したものとみなされます。
このように相続によって取得したものとみなされた保険金の合計金額のうち、500万円×法定相続人数(※)の金額までは相続税がかかりません。
例えば法定相続人がAとBの二人で、相続人Aが生命保険金800万円、相続人Bが200万円の生命保険金を受け取った場合、500万円×法定相続人数2人=1,000万円までは非課税ですので、A,Bともに相続税はかからないことになります。
生命保険金の非課税枠はぜひお使いになるべきです。

(※)法定相続人数には相続を放棄した人を含めます。

1-3-3 小規模宅地の評価減を活用します。

相続や遺贈によって取得した土地のうち、その被相続人等が自分の事業や居住のために使っていた宅地で、建物などの敷地として使っていたものについては、一定の限度面積までの部分は小規模宅地として、相続税の評価のうえで大幅な軽減措置が取られています。
具体的には相続人や受遺者が取得した小規模宅地の種類ごとに、それぞれの限度面積までの部分について、それぞれの割合で評価することとなります。

①不動産貸付業等以外の特定事業用宅地 400㎡ 20%(80%評価減)
②不動産貸付業等の特定事業用宅地 200㎡ 50%(50%評価減)
③特定居住用宅地 330㎡ 20%(80%評価減)
④併用(①と③) 730㎡ 20%(80%評価減)
⑤併用(①と②、②と③、①と②と③) 200㎡ 一定の計算による
この小規模宅地の軽減措置をその限度面積まで有効に活用できれば大きな節税をすることができます。

1-3-4 事業承継税制が拡充されました。

昨今の後継者不足のために中小零細事業者の廃業が増えています。
これらの中小零細業者の廃業は、地域の経済やまたその雇用に与える影響も大きいため、国もこの問題を支援するため事業承継税制を大幅に拡充しました。
この税制は大きく分けて①中小法人向けの対策と②個人事業者向けの対策に分かれます。
①非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予および免除の特例(法人版事業承継税制)
②個人事業者の事業用資産に係る相続税・贈与税の納税猶予および免除の特例(個人版事業承継税制)
それぞれの制度の内容は相当複雑ですが、ご自身の事業承継をお考えの方はぜひ専門家に相談してみてください。

※非上場株式等とは中小企業など、株式を上場していな会社が発行している株式のことをいいます。

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